ゼロトラストとは?基本概念とセキュリティ解説

1 ゼロトラストとは何か?定義と背景

ゼロトラストの定義

ゼロトラスト(Zero Trust)とは、2010年にフォレスター・リサーチ社のジョン・キンダーバグ氏によって提唱された、デジタル社会における新しいセキュリティの考え方です。その名の通り、**「すべてを信頼しない(Never Trust, Always Verify)」**を大原則としています。

従来の情報システムにおける防御は、社内ネットワークを「安全」な場所、外部のインターネットを「危険」な場所と定義し、その境界に防火壁(VPNやファイアウォール等)を設けるものでした。しかし、ゼロトラストモデルでは、ネットワークの場所を問わず、すべてのアクセスに対して認証と検証を常に行うことが求められます。

ゼロトラストの背景と必要性

ゼロトラストへの注目が急速に高まった背景には、ビジネスにおけるクラウドサービスの普及と、テレワークの急激な拡大があります。

かつて、企業の情報資産(データやアプリケーション)は社内のサーバー内に保有されていました。しかし、現在はクラウド上のSaaSやIaaSにデータが分散され、ユーザーは自宅やカフェなど、あらゆる場所からデバイス(端末)を用いてアクセスします。このように、守るべき境界が事実上消滅した状況では、従来の手法では侵入や被害を防ぐことが困難になり、ゼロトラストの導入が不可欠となったのです。


2 ゼロトラストモデルへの転換

従来型セキュリティモデルとの違い

従来型セキュリティは「境界防御モデル」と呼ばれます。これは「一度内部に入れば信頼される」という仕組みであり、一度侵入を許すと、内部での横移動(ラテラルムーブメント)により大規模な情報漏えいや犯罪につながるリスクがありました。

これに対し、ゼロトラストモデルでは以下の点が根本的に異なります。

場所による許可を行わない:社内ネットワークからのアクセスであっても、外部からと同様に厳格な確認を行う。 ・ 最小権限の原則:特定の業務に必要な最小限のリソースへのアクセス権のみを許可する。 ・ 動的な検証:アクセスするユーザーのIDだけでなく、使用しているデバイスの安全性や、アクセスする時間、場所といった状況をリアルタイムで分析し、許可を判定する。

ゼロトラストの基本原則

NIST(米国国立標準技術研究所)が発行した資料(SP 800-207)では、ゼロトラストの要件として以下の原則が定められています。

  1. すべてのデータ源とコンピューティングサービスはリソースとみなす。
  2. ネットワークの場所に関わらず、すべての通信を保護する。
  3. 個々のリソースへのアクセスは、セッションごとに許諾される。
  4. リソースへのアクセスは、動的なポリシー(クライアントID、端末の状態等)により決定される。
  5. すべての保有・関連資産の整合性とセキュリティを監視・測定する。
  6. すべてのリソースの認証と認可は動的かつ厳格に実施される。
  7. 資産、ネットワークの状態、通信の状況について可能な限り情報を収集し、セキュリティ対策に活用する。

3 ゼロトラストのメリットとデメリット

ゼロトラストによる防御のメリット

情報漏えいリスクの低減:すべてのアクセスを厳密に管理・検証するため、不正アクセスや内部不正によるデータ流出を最小限に抑えられます。 ・ テレワーク環境の安全性向上:VPNへの過度な依存を廃止し、自宅からでも安全に業務アプリケーションにアクセスできる環境を実現します。 ・ 運用の可視化:すべてのアクセスログを取得し、分析・監視することで、ネットワーク内で「何が起きているか」を容易に把握できるようになります。

ゼロトラストのデメリット

ユーザーの利便性への影響:多要素認証などの手続が増えることで、ユーザーが負担に感じる可能性があります。これを解決するには、SSO(シングルサインオン)などの技術を用いて使いやすくすることが必要です。 ・ コストの発生:既存のシステムを一部変更したり、新しい製品(ID管理やエンドポイント管理ツール等)を導入したりするための経済的な負担が生じます。 ・ 構成の複雑化:多数のソリューションを組み合わせるため、セキュリティ管理者には高い専門性と対応力が求められます。


4 ゼロトラストの導入方法と必要なテクノロジー

ゼロトラストの導入ステップ

  1. 資産の特定と整理:保護すべきデータ、アプリケーション、デバイスの一覧を作成し、重要度を確認する。
  2. アイデンティティ管理(IDP)の強化:個人のIDを特定・識別し、多要素認証(MFA)を導入する。
  3. デバイス管理の徹底:MDM/UEMツールを利用し、社給・私物問わずアクセスする端末の状態を監視する。
  4. アクセス制御の自動化:ID、端末、ネットワークの情報を組み合わせて、自動的にアクセス許可を判断する仕組みを構築する。

ゼロトラストに必要なテクノロジー

IAM / IDP:アイデンティティ管理基盤。本人確認の核となる。 ・ EDR (Endpoint Detection and Response):端末内での疑わしい挙動を検知し、事案に対応する。 ・ SWG / CASB:クラウドアクセスやインターネット利用を適切に管理・防御する。 ・ ZTNA (Zero Trust Network Access):VPNに代わる、リソース単位での安全なアクセス方法。


5 ゼロトラストとデジタルトランスフォーメーション(DX)

DXとゼロトラストの関係

デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進において、データの利活用は不可欠です。しかし、情報をオープンに活用すればするほど、セキュリティリスクは高まります。ゼロトラストは、DXを加速させるための「守りの基盤」としての役割を担います。

テレワークとゼロトラスト

令和3年(2021年)以降、地方公共団体や多くの民間企業においてテレワークが普及しました。従来のVPNは通信集中による遅延や、脆弱性を突いた侵入が問題となっていましたが、ゼロトラストへ移行することで、ユーザーはストレスなく、かつ安全なビジネスを継続できるようになります。


6 ゼロトラストのセキュリティ実装

エンドポイントセキュリティ:PCやスマートフォンなどのユーザー端末を常に監視し、異常があれば自動的にネットワークから隔離する措置が必要です。 ・ ネットワークセキュリティ:ネットワークを細かく分割し、アクセス制御を行う「マイクロセグメンテーション」が重要です。これにより、万が一一部のエリアに侵入されても、他の領域へ被害が広がるのを防ぐことができます。 ・ クラウドセキュリティ:多くの事業者がSaaSを利用する中で、クラウド上のデータに対する管理責任は企業側にあります。個人情報が適切に扱われているか、外部に公開されていないかを常にチェックする機能(CSPM等)の導入が求められます。


7 ゼロトラストの運用と監視

セキュリティ監視・運用の重要性

ゼロトラスト環境では、日々膨大なアクセスログが生成されます。AIやSIEMツールを用いた高度な監視体制の構築が不可欠です。事案が起きたとき、迅速に分析・対応することが、社会的な信頼を守ることにつながります。

ゼロトラストにおける社外コラボレーション

ビジネスにおいては、外部の協力会社や団体とのデータ共有が頻繁に行われます。ゼロトラストでは第三者に対しても、期間や範囲を特定したアクセス権を付与し、安全性を確保することが可能です。


8 ゼロトラスト導入の課題と成功事例

導入の課題:最大の壁は、社内経営層の理解とITリソースの不足です。「なぜ今のセキュリティではいけないのか」という疑問に対し、最新の脅威動向を交えて経営リスクを説明する必要があります。 ・ 成功事例:ある大手製造業では、グローバル拠点をVPNで結ぶ構成からゼロトラストへ変更しました。これにより、海外拠点からの通信遅延が解消され、業務効率が20%向上。また、ウイルス感染による全社停止の予防措置が大幅に強化されました。


9 認証・認可の深化

アイデンティティこそが新たな境界線

ゼロトラストにおいて、旧来のネットワーク境界に代わり「アイデンティティ(ID)」が新しい境界としての役割を果たします。単なるパスワード認証から、生体認証やFIDO2などのパスワードレス認証へ移行することが推奨されます。

多要素認証(MFA)の落とし穴と対策

MFAは強力ですが、近年では「MFA疲労攻撃」などの手法も現れています。ゼロトラストでは、認証後もセッションが継続的に安全かを監視し、不審な行動があれば即座に再認証を求めるなどの動的な制御が鍵となります。


10 エンドポイント・ガバナンスの強化

「持ち込み端末(BYOD)」のリスク管理

私物のスマートフォンやPCを業務に利用するBYODは、リスクを伴います。ゼロトラストでは、UEMを用いて業務用のデータ領域のみを管理する「コンテナ化」技術を活用し、プライバシーと業務の安全性を両立させます。

シャドーITの可視化

従業員が会社に無断で利用するクラウドサービス(シャドーIT)は、CASBを用いることで可視化・制御されます。これにより、「どのサービスを」「誰が」「どう使っているか」を把握し、安全な代替手段を提示することが可能になります。


11 ゼロトラストと「サイバー・レジリエンス」

侵入を前提とした組織づくり

ゼロトラストの考え方は、「完璧な防御」ではなく「侵入されても被害を最小化する(サイバー・レジリエンス)」を目指します。マイクロセグメンテーションにより、攻撃者の横移動(ラテラルムーブメント)を阻止します。

復旧計画のデジタル化

万が一の事態が発生した際、迅速に業務を再開させるための「不変バックアップ(Immutable Backup)」の導入も、ゼロトラスト時代のデータ保護には欠かせません。


12 ゼロトラストに関するよくある質問(FAQ)

Q:VPNは完全に不要になりますか? A:多くの事案ではZTNAへ移行しますが、レガシーシステム(旧来のシステム)の状況により一部保有・併用する場合もあります。

Q:中小企業でも導入は可能ですか? A:はい。すべてのテクノロジーを一度に入れる必要はなく、ID管理(IAM)の強化など、ポイントを絞った段階的な導入が役立ちます。

Q:個人情報の保護にどう役立ちますか? A:個人情報保護法に基づく「安全管理措置」として、アクセス制限やログ管理の強化は非常に有効な対策となります。

Q:導入コストを抑える方法はありますか? A:既存のクラウドサービスの標準機能(Microsoft 365のセキュリティ機能など)を最大限に活用することから始めるのが効率的です。


結論

ゼロトラストは、単なる製品の導入ではなく、組織の文化やIT体制を根底から変える改革です。令和2年から2023年にかけて加速したデジタル化の流れを止めることなく、より安全的な社会を構築するために、ゼロトラストへの転換を考える時期が来ています。

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【関連情報】

・デジタル庁:トラスト

https://www.digital.go.jp/policies/trust

・デジタル庁:DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)

https://www.digital.go.jp/policies/dfft

・総務省:トラストサービス

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/ninshou-law/law-index.html

・デジタル証明研究会:年次レポート 2024(論点整理と提言)

https://digitalproof.jp/wp-content/uploads/2025/05/eb343437c3b0ee5a36c7239725a937e5.pdf

・デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC):トラスト入門

https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/Individual-link/nl10bi00000038ai-att/trust-basics.pdf

・総務省:電子署名・認証・タイムスタンプ その役割と活用

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/ninshou-law/pdf/090611_1.pdf