デジタル化が急速に進展する中、データの信頼性をどう担保するか。1985年の「電電改革」の年から通信・IT行政の最前線に携わってきた元総務省官僚で、現在はリーテックス株式会社の顧問を務める安藤英作さんがトラスト(信頼)の歴史的背景と現代の課題、そして私たちが持つべき心構えを語ります。
―総務省ではどのような仕事に携わられましたか―
私は1985年に郵政省に入省しました。電電公社の民営化により、情報化社会の到来が声高に語られた時代です。その後はデジタル多チャンネル放送の立ち上げや内閣官房への出向を経て、「マイナ保険証」の基盤作り、医療・教育・行政のデジタル化、さらには「スマートシティー」や「情報銀行」といった先端技術の活用に幅広く携わってきました。
―トラストの議論は当時からありましたか―
関わっていた大半の時代はデジタル活用の試行段階であり、トラストの議論はほとんどありませんでした。重要性が認識され始めたのは、実用化が進み、なりすましや改ざん事件が起こり始めたここ15~20年のことです。
背景には大きく2つの理由があります。
- 国家間のデジタル管理競争:市民社会としての回答を示す必要性が意識されたこと。
- 巨大IT企業(GAFAM)の台頭:ネット上にない「現場のデータ」を掘り起こすことが新たな価値創出の鍵となり、そのデータの質を確保するためにトラストが不可欠となりました。
現在は生成AIの発展により、データの抽出が容易になった一方で、より高度な信頼性が求められています。
―トラストが現在でもほとんど制度化されていないのはなぜでしょうか―
デジタル技術が急速に進歩する一方で、リアルとデジタルが共存する「過渡期」にあることが大きいでしょう。技術的には実現可能性が高まっていますが、逆に「トラストを無効化する力」も強まっており、危機意識が先行している状況です。また、デジタル制度の範例をリアル世界に求める従来の癖も、足かせになっていると感じます。
―日本で議論を進めていくための具体的な方策は―
まずは省庁、業界団体、法学者が「どの場面でどのレベルのトラストが必要か」という要件を定義することです。その上で、工学者やベンダーが技術支援を行い、法学者が伴走しながら運用する体制が必要です。デジタル空間での個人の行動は国籍を問わず共通しているため、デジタルの法改正はグローバルに検討しやすい側面もあります。
―「デジタル証明研究会」の運営を通じた思いをお聞かせください―
法学者がデジタル技術に触れる機会を増やし、民間企業や行政と直接話し合う場が必要です。トラストは社会経済活動全体で確保すべきもので、「縦割り」の役所だけでは解決できません。各省庁が連携し、横串で検討するための意見交換の場として、この研究会が機能することを期待しています。
―利用者である私たちにはどのような姿勢が求められますか―
アナログやリアルの空間での「人を疑わない常識」をそのままデジタル社会に持ち込むと、騙されるリスクが高まります。今はリアルとデジタルを区別する端境期です。消費者が「疑い深く」なれば、発信者側も情報の質を確保せざるを得なくなり、結果としてトラスト手段の実装が加速します。社会全体で情報リテラシーを高めていくことが不可欠です。
【安藤英作氏プロフィール】
1985年東京大学卒、郵政省入省。内閣参事官(IT担当室)、総務省大臣官房会計課長、厚生労働省情報政策政策評価審議官、総務省郵政行政部長等を経て、2018年総務省大臣官房総括審議官(情報通信担当)。三菱UFJ信託銀行業務顧問、WOWOW特別顧問を経て2024年4月からリーテックス社顧問。
